最新のツイート:
"長渕剛「今の日本はアメリカかぶれが酷くてやたら横文字を使ったりする。
英霊が護った美しき国土と文化を破壊する行為。
60年前の戦いに殉じた日本の男たちに対する鎮魂歌
『クローズ・ユア・アイズ』
聴いてくれ"
電網辻々噺: 長渕剛 (via iorionda)
" 今からおよそ200年前、世界最大の都市といわれた江戸の町で、互いに気持ちよく暮らすために生まれた「江戸しぐさ」は、言葉遣いをとても大事にしていました。もともとが商人のしぐさなので、どんな身分の方にも失礼がなく快い言葉遣いを大切にしています。感情を逆なでするような言葉遣いは、心を乱し、いじめや争いごとをまねくため、やってはいけないしぐさとされていたのです。
江戸しぐさは生活哲学。その会話術も、今の時代に通用するものばかりです。
■戸閉め言葉
「でも」「だって」「しかし」「べつに」「そうは言っても」などと否定して、人の話を途中で遮ったり無視するような言葉で相手をシャットアウトしてしまうことから「戸閉め言葉」といいます。
人の話を最後まで聞かないことは失礼にあたり、謙虚さを大事にする江戸しぐさでは、自己中心的な人とみなされたそうです。
また、自分の話を聞いてくれない人を本能的に避けてしまうため、「戸締め言葉」は相手の言葉を受け入れないばかりか、相手の心を閉ざしてしまう言葉なのです。
■水かけ言葉
人が気持ちよく話をしているのに、「それがどうした?」と冷や水をかけるような冷たい言葉や、「そんなこと知ってるよ」と小馬鹿にしたり、けなすような言葉を「水かけ言葉」といいます。
誰とも付き合わずに暮らしていくことはできませんから、話の腰を折り、人間関係を壊すようなことは慎むべきで、たとえ自分とは縁遠い話題であっても、その場の雰囲気を壊さず聞いているのが、江戸の人々の心得とされていました。
■刺し言葉
「刺し言葉」とは、「だから?」「はーっ?」など、会話を断ち切ってしまうような言い方で人の感情を逆なでしたり、とげとげしい言葉遣いのことで、「胸刺し言葉」ともいいます。こうした言葉が出てくると、会話を続けたいという気持ちもうせてしまうでしょう。
また、「あなたが悪い!」「どうせ他人」のような、反論の余地もないような断定的な言い方も「刺し言葉」とされ、その場の雰囲気だけではなく、人間関係も壊しかねません。
■手斧言葉
手斧(ちょうな)とは、木材を粗削りするための斧のこと。「うるさい」「馬鹿野郎」「殴る」「殺す」といった乱暴な言葉遣いを「手斧言葉」といい、言ってはならない言葉の凶器とされていました。
ただし、江戸の人たちは、そんな乱暴な返答をされるようなことを自分がしたから、そのつけがまわって来たんだととらえ、「手斧言葉」は言われたほうにも非があると考えていたそうです。"
「江戸しぐさ」に学ぶ、嫌われる言葉遣い (via key0901)
(出典: itokonnyaku、irregular-expressionから)
"やってみて「ダメだ」とわかったことと、
はじめから「ダメだ」と言われたことは、違います。
イチロー"
VIPPERな俺 : つくづく納得させられる名言 (via darylfranz)
2011-01-27
(via gkojax-text)"よく欧文フォントのサンプルに使われている
The quick brown fox jumps over the lazy dog.が
全てのアルファベットを使っていること。"
無駄な知識などない:The quick brown fox jumps over the lazy dog. (via phorbidden)
2010-10-08
(via gkojay)
"カップラーメンを高いといえるような自炊能力は、既に文化資本なのですよ(´・ω・`) 自炊能力を身につけるためにお金や時間などを投資していますから。そういう投資をする機会がなくて、割高なカップラーメンと食べているというのが貧困ということなのですよ(´・ω・`)"
底辺から這い上がって語る貧乏 都会とカップラーメン - Togetter
(kogureから)
"犬や馬など鎖骨がない動物は前腕を内側に曲げ抱きつく所作がとれず木登りができない"
"蒟蒻畑とかレバ刺しに限らず社会道徳もそうなんだけど「一部のバカを基準に規制すると社会全体が面倒くさいことになるよ。」ということを常々感じる。 (http://bit.ly/L9KOYR)"
from http://bit.ly/Iq5Jok (via plasticdreams)
(出典: kiri2、irregular-expressionから)
"ジャパネットたかたの高田社長がビデオカメラを売る際に
子どもだけじゃなくて、親の顔を撮ったほうがいい、
その子どもが大きくなったときに、自分が幼い頃なんて
ぶっちゃけどうでもいいけれど、自分の誕生を両親が
どれだけ喜んでくれていたかを実感できるのは素敵だと
いうような話をされていたんだけど、ほんとにそうですね。
同じことは結婚式とかの祝いごと全般にいえるんですけど、
大事なのは当人よりも周囲の人たちだったりしますね。
たぶんプロのカメラマンはそこをよくわかってるんでしょうね。
周囲は背景じゃなくて、むしろメイン。
もちろん当日のメインは新郎新婦なんだけど、
彼らが後日いちばんうれしい(見たい)写真は
自分たちの笑顔じゃなく参列者が心から喜んでくれる様子で、
それを記録しなきゃもったいない。
そういうことにいまさら気づいてちょっと後悔しています。
甥っ子や姪っ子が生まれたときに、
そりゃもうかわいいものだからアップで撮りまくってて
ぼくのパソコンのハードディスクにはそんな写真や動画が
いっぱい入ってるんですけど、妹夫婦の顔とか、
うちの両親(つまりおじいちゃん、おばあちゃん)の顔は
ほとんど残ってない。だって撮ってないもの。
これからは周囲をいっぱい撮ることをオススメします。"
周囲を写すこと - いつかの昨日 (via ishizue)
(kamosawaから)